秋の朝のお客さま

今朝。始業時間を告げる鐘と共に窓口を開けると、マフラーに顔をうずめた少年がそこに立っていました。ずいぶんと前から窓口が開くのを待っていたようで、彼の背負った革鞄には、街路樹から降って来た赤や黄色の葉が何枚も乗っていました。
少年は
「とっておきの便りを出すための便箋とインクをください。」
と、窓口の扉が開き終わらないうちに、注文を告げました。
通常はカウンター越しにすべての業務が遂行されるのですが、「とっておきの便り」に相応しい商品が思い当たらず、きちんと希望を聞いたほうがいい、と判断したわたしは少年をひとまず舎内へ招き、ダルマストーヴの上でふぁんふぁんと沸いていたお湯で珈琲を淹れました。
「あ。ありがとうございます。」
差し出した角砂糖を5つもカップに入れて、スプーンでぐるぐるかき回しながら、少年は「とっておきの便り」を出さなければならない理由を教えてくれました。
極度の猫舌らしく、半時近くかかってようやく珈琲を飲み干した少年に、今日の空のような、真っ青なインクと虹が見える窓がついた葉書を渡しました。
「活字は、そこにたくさんあるでしょ。それをお使いなさい。」
そう云いながら郵便舎の隅にある活字棚を指差すと、少年は嬉しそうに礼を云って代金を支払い、郵便舎内に設置された小さな机で便りを作り始めました。
まずはどこからか書き写してきたという再会の詩が書かれたメモを取り出して、一文字づつ小さな紙片に捺していきました。次に二つ折りになっている葉書にそれを挿んできっちり糊付けをしました。糊が乾くまでパタパタと仰ぎながら、詩がどんな風に透けて見えるかを何度も確認しているようでした。最後に青いインクで短い文章と宛先を書いて、再び、窓口へやってきました。
計量して料金を告げると、今後はしばらくの間、郵便舎の切手帖をめくって切手を選んでいましたが、やがて青い蝶の切手を取り出して虹が見える窓にとまっているように貼りました。
「早く会えるといいですね。」
そう云ったわたしに、少年はにっこり笑って、駆け足で帰っていきました。

(ルーチカ手帖 VOl.5掲載)

秋も深まったある木曜日。
魔法学校を終えたシグル(Sigurd)は、すっかり暗くなった道をとぼとぼと家に向かって歩いていました。
魔法学校で仲がよかったペーター(Peter)が、突然遠い町に引っ越してしまったのです。
あんなに仲がよかったのに、自分に一言も告げずに行ってしまった彼に小さな怒りと、自分だけが仲良しだと思っていたのかもしれないという、どこへも向けられない哀しみで、
足取りは重く、時折吹きすぎる木枯らしは、心の中にまで入り込んでくるようでした。

その時、学校から杖を持ってきてしまっていることに気がつきました。
学校以外に持ち出しが禁止されている空魔法授業の杖です。
引き返そうかと思いましたが、今日のシグルには、この夜の帳の中を学校まで戻る気力はありませんでした。
「ま、いいか」
半分やけくそで、星が瞬き始めた空に向かって、その杖を振ってみました。
すると、空が一瞬きらきらと輝き、ぱらぱらと輝く粒が降ってきました。
地面に落ちて散らばったその小さな粒を、シグルはポケットに入っていた硝子の試験管に大急ぎで拾い集めました。

家に着いて、シグルはさきほど拾った粒を電灯の下でゆっくり眺めてみました。
粒についていたのでしょうか、試験管の中は薄青の液体で満たされて、小さな粒がその中で漂っていました。その上、いつの間にか試験管の中に小さなメッセージが入っています。
シグルはそのメッセージが書かれた紙片を取り出して読んでみました。

急に遠い処へ行かなくてはならなくなりました。
ステルクララという星が美しい街だそうです。

顔を見ると泣いてしまいそうなので、何も告げずに旅立ちます。
ごめんなさい。
心が落ち着いたらお便りします。

ペーター